ハリネズミとのお別れ

動かなくなったマロンを膝に抱きながら泣き続けていると、マロンの針が少しずつ逆立ってきていることに気がついた。死後硬直が始まったのだ。ずっと抱き続けていたいと思いつつも、このままでは変な形に硬直してしまうという冷静な自分もいて、とりあえずマロンの体がおさまるような木箱を探した。フードの瓶を並べていた100均の木箱がちょうど良さそうだったので、そこに保冷剤を入れて寝袋を敷き、マロンを寝かせた。

目を開けていたので、そっとまぶたを押して閉じてあげた。私のことを見つめてくれたつぶらな丸い瞳。今閉じてしまったらもう二度と開くことはない思うとつらかったが、目が乾いてしまうのはかわいそうなので「おやすみ」と声をかけて閉じた。

うっすら開いていた口は時間が経つごとにますます開いてきた。口の中からのぞく歯は全て白くて虫歯も歯石もない。本当に綺麗な歯だった。カリカリフードのみを食べ続けたおかげだろう。かわいい歯もずっと眺めていたいが、優しく鼻先をつまんで閉じた。

脇腹と肉球はいつまで経ってもやわらかいままだった。筋肉がないので硬直しないのだろう。脇腹を触っているとただ眠っているだけのようで、ずっとプニプニマッサージをしていたら息を吹き返すのではないかと思うくらいだ。しかし、その思いを断ち切るかのように、頭から背中、お尻にかけて針がゆっくりと逆立っていく。穏やかな顔で眠っているのに、針はチクチクと逆立っている。生前のマロンではありえない姿で、やはりもうこの体は空っぽなのだと思い知らされた。

ハリネズミの供養は土葬と火葬とあるが、私は手元に遺骨を残しておきたかったので火葬を選んだ。地元に犬や猫、小動物等のペット葬儀を行ってくれるサービスがあることを知っていたのでそこに電話をする。マロンが3歳になった時、もしもの時に備えて事前に調べておいたところだ。

生きている時に供養方法を調べるというのはなんだか不謹慎な気がするかもしれないが、ペットを飼った時点で、いつかお別れの日を迎えることを覚悟する必要がある。お別れは突然訪れるし、その時はパニックになるので、むしろ元気なうちに情報収集だけはしておいた方がよいと思う。

依頼した葬儀屋さんは地元の寺院と提携しているところで、完全個別火葬をしてくれるところだった。葬儀屋さんが自宅まで訪問し遺体を預かってお骨にして返してくれる「一任火葬」と、葬儀屋さんまで連れて行って火葬と収骨を行う「立合火葬」の二つのサービスがあった。費用はいずれも16,000円(税別)。私は最後まで全部見届けたかったので「立合火葬」をお願いした。7日のお昼に予約可能ということだったので申し込んだ。もう少しこのままマロンを手元に置いておきたい気持ちもあったが、娘の冬休みが7日までなので、娘も立ち会えるよう7日に決めた。

夕方部活動を終えた娘が帰ってきた。マロンのことは夫が連絡したらしくすでに知っていて、私よりも冷静にお別れを受け入れていた。私が夫に連絡した時、私から話すと伝えていたのに、その時の私の様子にただならぬものを感じたらしく、私を慰めるよう娘にメールをしてしまったらしい。マイペースを具現化したような夫もびっくりするくらい早く帰宅して寄り添ってくれた。自分は気丈に振る舞っていたつもりだったが全然ダメだったようだ。家族にものすごく心配をかけてしまった。

その夜はずっとマロンを膝に抱いていた。このままずっと朝まで抱いていたかったが「眠ってうっかりつぶしちゃったら大変でしょ」と夫に冷静なツッコミをされたのでケージに戻す。ケージ越しに見るマロンは本当にただ眠っているようにしか見えなかった。

7日の朝、ケージを覗くとマロンが昨日と同じ姿勢のまま眠っていた。一晩経ってもマロンは綺麗なままで、出血したり体液が出たりしていなかった。ご飯を食べていないので便もたまっていなかったらしく、おしりもきれいなままだった。「身綺麗にして逝ったんだね。」と夫が呟いた。夫は仕事のため出勤前に家でお別れをした。

11時頃、母が家まで来てくれた。眠っているようにしか見えないマロンを撫で真っ先に「今までありがとうね」と言ってくれた。私は悲しい、寂しいばかりでちゃんとありがとうを言っていなかったなとその時に気がついた。

マロンを連れて家を出る時間になった。家を出て、帰ってきた時にはお骨になっている。このマロンの姿を家で見ることはもう二度とないのだと思うとまたどうしようもなく辛くて悲しかった。剥製でもいいから、このままの姿で家にいて欲しいという気持ちと、空っぽの体だけいても余計に辛いという気持ちが混ざり合いぐちゃぐちゃになった。私がぐずぐず逡巡していると、娘が一緒にマロンをキャリーバックに入れてくれた。

葬儀屋さんに着くと、小さなカゴにマロンを移した。祭壇にマロンをのせお線香をあげる。娘と母と私の3人で、マロンのカゴにドライフラワーを並べた。匂いに敏感な子だったので顔の周りには花は入れず、代わりに大好きなヘッジホッグダイエットを置いてあげた。

葬儀屋さんと一緒に炉の前まで行き、最後のお別れをした。この姿はもうなくなる。チクチクの針も、ピンクのお鼻もプニプニの肉球も、ムニムニした脇腹も。そう思うとマロンの体からなかなか手を放すことができなかった。葬儀屋さんは急かすことなく、静かに見守っていてくれた。気持ちよさそうに眠っているようにしか見えないマロンの顔を見つめ、いつも私が寝る前にしていたように「おやすみ、マロンパン。」と声をかけた。

炉の扉が閉じられ点火ボタンが押されると、煙突のようなところからゆらゆらと炎と煙があがった。一時間半ほど時間がかかるとのことだったので、精進落しの代わりに近くの不二家で食事をした。

一時間半後、マロンは小さなお骨になっていた。思った以上に小さかった。ハリネズミの体のボリューム感を出しているのはやっぱり背中の針山なのだなと思った。骨は真っ白で、頭の骨はマロンの顔のイメージができるくらいしっかり形が残っていた。小さな歯もきれいな形で残っていた。一体どこが悪かったのだろう。

3人でマロンの骨を拾い、小さな骨壺に入れた。骨壺は陶器のものと、お庭に埋めた時に自然にかえる紙製のものとがあった。やはり埋める気にはならなかったので、陶器の骨壺にした。

葬儀屋さんにお礼を言い、家路につく。火葬と収骨に立ち会うことで少し気持ちの整理がついた。未練がましくマロンの体から手を放すことができなかった私に寄り添ってくれた母と娘、そして葬儀屋さんには本当に感謝しかない。

家に帰り、マロンのお骨を私のカフェテーブルに安置した。母のくれたお花を供え、フードとお水をあげた。そしてすぐに玄関にあったマロンのケージを片付けた。「おはよう、マロンパ〜ン」から始まり「いってきマロンパ〜ン」「ただいマロンパ〜ン」「おやすみマロンパ〜ン」と1日に何度も覗き込み、声をかけてきたマロンのおうち。主のいない空っぽのおうちがそこにあることが、どうしても耐えられなかった。

一方で、マロンの足跡が残るトイレ砂には手をつけることができなかった。かわいい足、ぽよぽよのお腹の形がハリ砂に綺麗に残っている。マロンがここにいた痕跡だ。

私の読んだ本ではハリネズミの寿命は5〜8年とあった。しかしハリ飼いさんのブログやSNSを見ていると、3歳前後で亡くなっている子が多いと感じた。最近の情報だとヨツユビハリネズミの平均寿命は3〜4年と書かれていたりもする。

そのため3歳が一つのターニングポイントだと思っていた。だから3歳の誕生日を元気に迎えられたときは本当にうれしかったし、この調子ならマロンは5歳くらいまで生きるだろうと思っていた。歯もしっかりしているし、肌も綺麗でフケや瘡蓋はなかった。お腹を触ってもしこり的なものはなかったし、毎日快便だった。どこも具合が悪そうなところはなかったので、元気にシニア期を過ごしていると思っていた。

一方で、3歳を超えてから動きが緩慢になり、遊ぶことが少なくなったとも感じていた。後ろ足で背中を描く時もよろけるようになった。食べる量も昔より減ったし、寝ている時間も増えた。歳のせいだと思っていたこうした現象は、もしかしたら病気に由来するものだったのかもしれない。突然逝ってしまったように思えるが、私が病気のサインを見落としていただけなのかもしれない。

マロンが亡くなった原因を知りたくはあったが、遺体を解剖に出す気にはならなかった。静かに眠るマロンの体にメスをいれるようなことはしたくなかったのだ。そのため、マロンの死因が寿命によるものなのか、病気によるものなのかはわからない。苦しそうな様子をみせず、静かに逝ったことだけが救いだ。

私の飼育下で、マロンは天寿を全うすることができたのか。快適に過ごすことができていたのか。答えのない問いがぐるぐるとまわっている。きっとずっと回り続けるだろう。

ただ一つ、最期の時間をマロンと二人きりで過ごせたのは本当に幸運なことだったと思う。生活リズム的には、朝起きたら亡くなっていたという可能性や、帰宅したら亡くなっていたという可能性の方が高かったはずだ。もしマロンが私の膝の上を最期の場所に選んでくれたのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。