ハリネズミのいない暮らし

1日のうちで、朝8時半から9時半までの一時間が一番辛い。夫と娘が出勤&通学するのを見送り、私が仕事を開始するまでのこの一時間はマロンのお世話の時間だった。「マロンタイム」と呼ぶ、私の癒しの時間だった。

ケージからトイレを出して部屋の角っこに置く。脱走防止用にハリハウスとクマのドアストッパーを置いて部屋んぽエリアを区切ってからマロンをケージの外に出す。

お腹に怪我やしこりがないかをチェックするため、仰向けにマロンを置いてお腹をもふもふ触る。「なにするのよー」という感じに手足をバタバタするが針は立てないマロン。

3分くらい(私が満足するまで)もふもふして手を放すと「よっこいしょ!」という感じに起き上がり、ポテポテとトイレに歩いていく。そしてウンチとおしっこをする。ハリネズミには珍しく、マロンはトイレのしつけがほぼ完璧だった。トイレの後はよくあくびをしていた。

はりねずみのあくび2

トイレが終わったのを見届けると、私はフードに入れたお皿でマロンをトイレの外に誘い出す。この時は大好きなヘッジホッグダイエットのみ与えた。匂いにつられてマロンはトイレから出てきて、私の持つお皿からカリカリと気持ちの良い咀嚼音を立てて朝ごはんを食べる。

ご飯を食べ終わるとお遊びタイムが始まる。その間に私はトイレ砂を取り替え、ケージ内のシーツを取替え、ケージ内を毎日水拭きした。1歳の頃は、私がケージを掃除している間にドアストッパーを乗り越えて部屋中を探検していた。

2歳の頃はスリッパや寝袋に頭を突っ込んでひたすらホリホリ遊びをしていた。

私がマロンの部屋んぽに付き合うことができない時は、膝の上にマロンをのせて遊ばせていた。2歳半を過ぎた頃から、マロンはご飯が終わると自分から私を目指してやってくるようになった。

ひとしきり遊ぶと、マロンはハリハウスによじ登り、中で眠った。

ツルツルとしたシーツが好きでそれ以外のものを敷いている時はわざとおしっこをして「汚れてるので取り替えてもらえます?」という感じでこちらを見てシーツの取り替えを要求した。私が家にいる時はマロンは1日の大半をこのハリハウスでお昼寝をして過ごした。

これがハリネズミと暮らしていた頃の、私が1日で一番癒された「マロンタイム」だ。今はそれがごっそりと無くなってしまった。

マロンのトイレを置いていた壁の隅の隙間にハリ砂が詰まっている。壁紙も少し黄ばんでいる。

ここは、マロンがよく鼻先を乗っけていたところだ。

マロンがこの家に暮らしていた痕跡だ。そこを見るたびにどうしようもない悲しみがこみ上げてきていい歳した大人なのにしゃくり上げて泣いてしまう。胸が潰れる思いと言う言葉があるが、本当にその通りだなと思う。この言葉を最初に考えた人もきっとこんな思いをしたのだろう。

正直、ここまでマロンとのお別れが悲しいとは思っていなかった。娘や夫、そして母にも心配をかけているので早く立ち直らなくてはいけないと頭ではわかっているのだが、なかなか厳しい。500グラムの小さな針玉は、私の想像以上に大きな存在となっていて私の生活に入り込んでいた。

でも、マロンを飼わなければ良かったとは思わない。今感じている悲しみや辛さとは比べものにならないくらい、幸せで楽しい時間をマロンは与えてくれた。今は喪失の悲しみに押しつぶされているが、時間が経てばきっと笑顔でマロンを思い出すことができるという確信がある。マロンと共に暮らした3年と2ヶ月は私にとってかけがえのない時間だった。

そのかけがえのない時間は、このブログやiPhone、Googleフォトに膨大なデータとして残されている。自分でも「こんなに撮ってどうするのよ」と思うくらい写真や動画を撮ってきたが、それら全てが宝物だ。ペットを飼っている人は、惜しむことなく毎日写真を撮るのが良いと思う。「明日撮ればいいや」の「明日」は来ないかもしれないのだから。

先日写真を全て見返し、マロンと私のツーショット写真が一枚しかないことに気がつき愕然とした。撮るのに夢中で自分を撮ってもらうことを全く考えていなかったのだ。もっと撮って貰えばよかった。マロンと笑顔の自分の写真を見れば「マロンと一緒の私はこんなに幸せそうな顔をしていたんだな」と客観的に見ることができたのに。

唯一のツーショット写真は、マロンが亡くなる前日の写真で、マロンをお腹にのっけたままうたた寝してしまった私を夫が隠し撮りしたものだ。みっともなくて額に入れて飾ったりすることはできないが、マロンと私のリアルな日々を切り取った一枚だと思うので大切にしたい。夫にはとても感謝している。…でもできれば疲れた寝顔ではなくてきちんとしたキメ顔の写真も残したかった。

マロンの遺骨は私のカフェテーブルに置いてあり、その隣にマロンの針が入った小瓶がある。抜け針を見つけるたびに拾って瓶に入れていたものだ。綺麗で捨てるのがもったいなくてなんとなく集めていたら、3年ちょっとでこんなにたまった。

この針を見るたびにマロンって綺麗な色だったよなと思い出すことができるし、この針に触れるたびに、マロンの針山を撫でていた時の感触を思い出すことができる。遺体を火葬してしまうと当然のことながらケラチン質でできた針は全く残らない。たまたまだが、こうした形で残すことができて本当に良かったと思う。自分に感謝したい。

遺骨と針の前にお水とヘッジホッグダイエットを供え、コーヒーを飲みながらマロンのことを想う。これが今の「マロンタイム」だ。犬や猫と違い、ハリネズミとのふれあいはこちらの方から静かに寄り添う形なので、あまり生前と変わっていないと言えば変わっていないのかもしれない。ただ、愛らしい動きや重さや体温がないだけ。それがものすごく寂しいのだけれど。

ありがとうマロン。私はあなたと過ごせて本当に幸せだったよ。

おやすみ、マロンパン。

ハリネズミとのお別れ

動かなくなったマロンを膝に抱きながら泣き続けていると、マロンの針が少しずつ逆立ってきていることに気がついた。死後硬直が始まったのだ。ずっと抱き続けていたいと思いつつも、このままでは変な形に硬直してしまうという冷静な自分もいて、とりあえずマロンの体がおさまるような木箱を探した。フードの瓶を並べていた100均の木箱がちょうど良さそうだったので、そこに保冷剤を入れて寝袋を敷き、マロンを寝かせた。

目を開けていたので、そっとまぶたを押して閉じてあげた。私のことを見つめてくれたつぶらな丸い瞳。今閉じてしまったらもう二度と開くことはない思うとつらかったが、目が乾いてしまうのはかわいそうなので「おやすみ」と声をかけて閉じた。

うっすら開いていた口は時間が経つごとにますます開いてきた。口の中からのぞく歯は全て白くて虫歯も歯石もない。本当に綺麗な歯だった。カリカリフードのみを食べ続けたおかげだろう。かわいい歯もずっと眺めていたいが、優しく鼻先をつまんで閉じた。

脇腹と肉球はいつまで経ってもやわらかいままだった。筋肉がないので硬直しないのだろう。脇腹を触っているとただ眠っているだけのようで、ずっとプニプニマッサージをしていたら息を吹き返すのではないかと思うくらいだ。しかし、その思いを断ち切るかのように、頭から背中、お尻にかけて針がゆっくりと逆立っていく。穏やかな顔で眠っているのに、針はチクチクと逆立っている。生前のマロンではありえない姿で、やはりもうこの体は空っぽなのだと思い知らされた。

ハリネズミの供養は土葬と火葬とあるが、私は手元に遺骨を残しておきたかったので火葬を選んだ。地元に犬や猫、小動物等のペット葬儀を行ってくれるサービスがあることを知っていたのでそこに電話をする。マロンが3歳になった時、もしもの時に備えて事前に調べておいたところだ。

生きている時に供養方法を調べるというのはなんだか不謹慎な気がするかもしれないが、ペットを飼った時点で、いつかお別れの日を迎えることを覚悟する必要がある。お別れは突然訪れるし、その時はパニックになるので、むしろ元気なうちに情報収集だけはしておいた方がよいと思う。

依頼した葬儀屋さんは地元の寺院と提携しているところで、完全個別火葬をしてくれるところだった。葬儀屋さんが自宅まで訪問し遺体を預かってお骨にして返してくれる「一任火葬」と、葬儀屋さんまで連れて行って火葬と収骨を行う「立合火葬」の二つのサービスがあった。費用はいずれも16,000円(税別)。私は最後まで全部見届けたかったので「立合火葬」をお願いした。7日のお昼に予約可能ということだったので申し込んだ。もう少しこのままマロンを手元に置いておきたい気持ちもあったが、娘の冬休みが7日までなので、娘も立ち会えるよう7日に決めた。

夕方部活動を終えた娘が帰ってきた。マロンのことは夫が連絡したらしくすでに知っていて、私よりも冷静にお別れを受け入れていた。私が夫に連絡した時、私から話すと伝えていたのに、その時の私の様子にただならぬものを感じたらしく、私を慰めるよう娘にメールをしてしまったらしい。マイペースを具現化したような夫もびっくりするくらい早く帰宅して寄り添ってくれた。自分は気丈に振る舞っていたつもりだったが全然ダメだったようだ。家族にものすごく心配をかけてしまった。

その夜はずっとマロンを膝に抱いていた。このままずっと朝まで抱いていたかったが「眠ってうっかりつぶしちゃったら大変でしょ」と夫に冷静なツッコミをされたのでケージに戻す。ケージ越しに見るマロンは本当にただ眠っているようにしか見えなかった。

7日の朝、ケージを覗くとマロンが昨日と同じ姿勢のまま眠っていた。一晩経ってもマロンは綺麗なままで、出血したり体液が出たりしていなかった。ご飯を食べていないので便もたまっていなかったらしく、おしりもきれいなままだった。「身綺麗にして逝ったんだね。」と夫が呟いた。夫は仕事のため出勤前に家でお別れをした。

11時頃、母が家まで来てくれた。眠っているようにしか見えないマロンを撫で真っ先に「今までありがとうね」と言ってくれた。私は悲しい、寂しいばかりでちゃんとありがとうを言っていなかったなとその時に気がついた。

マロンを連れて家を出る時間になった。家を出て、帰ってきた時にはお骨になっている。このマロンの姿を家で見ることはもう二度とないのだと思うとまたどうしようもなく辛くて悲しかった。剥製でもいいから、このままの姿で家にいて欲しいという気持ちと、空っぽの体だけいても余計に辛いという気持ちが混ざり合いぐちゃぐちゃになった。私がぐずぐず逡巡していると、娘が一緒にマロンをキャリーバックに入れてくれた。

葬儀屋さんに着くと、小さなカゴにマロンを移した。祭壇にマロンをのせお線香をあげる。娘と母と私の3人で、マロンのカゴにドライフラワーを並べた。匂いに敏感な子だったので顔の周りには花は入れず、代わりに大好きなヘッジホッグダイエットを置いてあげた。

葬儀屋さんと一緒に炉の前まで行き、最後のお別れをした。この姿はもうなくなる。チクチクの針も、ピンクのお鼻もプニプニの肉球も、ムニムニした脇腹も。そう思うとマロンの体からなかなか手を放すことができなかった。葬儀屋さんは急かすことなく、静かに見守っていてくれた。気持ちよさそうに眠っているようにしか見えないマロンの顔を見つめ、いつも私が寝る前にしていたように「おやすみ、マロンパン。」と声をかけた。

炉の扉が閉じられ点火ボタンが押されると、煙突のようなところからゆらゆらと炎と煙があがった。一時間半ほど時間がかかるとのことだったので、精進落しの代わりに近くの不二家で食事をした。

一時間半後、マロンは小さなお骨になっていた。思った以上に小さかった。ハリネズミの体のボリューム感を出しているのはやっぱり背中の針山なのだなと思った。骨は真っ白で、頭の骨はマロンの顔のイメージができるくらいしっかり形が残っていた。小さな歯もきれいな形で残っていた。一体どこが悪かったのだろう。

3人でマロンの骨を拾い、小さな骨壺に入れた。骨壺は陶器のものと、お庭に埋めた時に自然にかえる紙製のものとがあった。やはり埋める気にはならなかったので、陶器の骨壺にした。

葬儀屋さんにお礼を言い、家路につく。火葬と収骨に立ち会うことで少し気持ちの整理がついた。未練がましくマロンの体から手を放すことができなかった私に寄り添ってくれた母と娘、そして葬儀屋さんには本当に感謝しかない。

家に帰り、マロンのお骨を私のカフェテーブルに安置した。母のくれたお花を供え、フードとお水をあげた。そしてすぐに玄関にあったマロンのケージを片付けた。「おはよう、マロンパ〜ン」から始まり「いってきマロンパ〜ン」「ただいマロンパ〜ン」「おやすみマロンパ〜ン」と1日に何度も覗き込み、声をかけてきたマロンのおうち。主のいない空っぽのおうちがそこにあることが、どうしても耐えられなかった。

一方で、マロンの足跡が残るトイレ砂には手をつけることができなかった。かわいい足、ぽよぽよのお腹の形がハリ砂に綺麗に残っている。マロンがここにいた痕跡だ。

私の読んだ本ではハリネズミの寿命は5〜8年とあった。しかしハリ飼いさんのブログやSNSを見ていると、3歳前後で亡くなっている子が多いと感じた。最近の情報だとヨツユビハリネズミの平均寿命は3〜4年と書かれていたりもする。

そのため3歳が一つのターニングポイントだと思っていた。だから3歳の誕生日を元気に迎えられたときは本当にうれしかったし、この調子ならマロンは5歳くらいまで生きるだろうと思っていた。歯もしっかりしているし、肌も綺麗でフケや瘡蓋はなかった。お腹を触ってもしこり的なものはなかったし、毎日快便だった。どこも具合が悪そうなところはなかったので、元気にシニア期を過ごしていると思っていた。

一方で、3歳を超えてから動きが緩慢になり、遊ぶことが少なくなったとも感じていた。後ろ足で背中を描く時もよろけるようになった。食べる量も昔より減ったし、寝ている時間も増えた。歳のせいだと思っていたこうした現象は、もしかしたら病気に由来するものだったのかもしれない。突然逝ってしまったように思えるが、私が病気のサインを見落としていただけなのかもしれない。

マロンが亡くなった原因を知りたくはあったが、遺体を解剖に出す気にはならなかった。静かに眠るマロンの体にメスをいれるようなことはしたくなかったのだ。そのため、マロンの死因が寿命によるものなのか、病気によるものなのかはわからない。苦しそうな様子をみせず、静かに逝ったことだけが救いだ。

私の飼育下で、マロンは天寿を全うすることができたのか。快適に過ごすことができていたのか。答えのない問いがぐるぐるとまわっている。きっとずっと回り続けるだろう。

ただ一つ、最期の時間をマロンと二人きりで過ごせたのは本当に幸運なことだったと思う。生活リズム的には、朝起きたら亡くなっていたという可能性や、帰宅したら亡くなっていたという可能性の方が高かったはずだ。もしマロンが私の膝の上を最期の場所に選んでくれたのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。

ハリネズミの旅立ち

あまりにも悲しい出来事があった時、人の脳はその記憶を削除して精神を守ろうとするらしい。まだ数日しか経っていないのに、マロンとお別れした日の記憶が薄らいでいく。忘れてしまえば楽になるのかもしれないけれど、絶対に忘れたくはないので文字にして残しておく。

一番最初の異変は1月5日(日)の午前3時。年始早々夜更かしをしていた私は「フニャ!」というマロンの声に気がついてケージからマロンを抱き上げた。膝にのせるとえずくように口をパクパクさせてフードを吐いた。吐いたものはブリスキーだった。好きではないフードだから吐いたのかなと思い、口元を拭って、フードと水を新しいものに替えた。今思い返せば、マロンはあまり吐かない子だった。この時点でもう少し事態を深刻にみていればよかったのかもしれない。

午前8時半ごろ、いつものようにマロンをケージから出す。マロンはトイレに行って用をたすが、うんちがお尻にくっついたままだった。色も硬さも普通だったので、単に加齢によって足腰の力が弱くなり、うまくいきめなくなっているのかなと思った。吐いてからはごはんを食べていないようだったので、大好きなヘッジホッグダイエットをお皿に入れて差し出す。匂いは嗅ぐものの、食べようとはしなかった。朝フードを食べない日もよくあったので、特に気にせず、少し遊ばせてからケージに戻してお留守番させた。

午後6時頃に帰宅し、ケージを覗くと全くごはんを食べていない。ここでちょっとおかしいなと思った。抱き上げて体をチェックしたところ、薄く血の滲んだよだれが出ていることに気がついた。口元を確認すると、右側の下の歯茎が少し赤くなっていた。もしかしたら歯肉炎かもしれない。これが痛くてご飯が食べられないのだろうと思った。

カリカリ派のマロンには申し訳ないがヘッジホッグダイエットをふやかしてドロドロにしたものをあげてみた。なかなか食べようとはしなかったが、根気よく待っていたらペロリと舌を出し、少しだけ食べてくれた。水も飲んでいる様子がなかったので、スポイトで与えようとしたが拒否し、私の掌に水がこぼれた。するとそれをペロペロと舐めて飲み始めたのでそのまま掌に水を追加しながら水を飲ませた。

この時、漠然と嫌な予感がした。水を飲まないというのは良くない兆候だ。病院に連れて行きたいが、あいにく6日(月)は休診日。開院している他の病院を探して連れて行っていった方が良いだろうか。体調が悪いのに遠方の知らない病院に連れていくことは余計にストレスになるのではないか。優柔普段な私は決めきれず、明日の様子を見て決めようと思った。

6日(月)の朝、マロンは跳び箱ハウスの中から顔を出しケージから出してもらうのをスタンバイしているようだった。ご飯はやはり食べた形跡がない。うんちもしていない。抱き上げて外に出すと、歩き方がおかしい。後脚をうまく動かせていないようでふらふらとしている。えっ?と思い私の膝(フリース)の上に乗せると何事もなかったかのように歩いてホリホリ遊びはじめる。フローリングの床が滑るせいかと思い、試しにソファーにのせたところ、やはり後脚を引きずるようにふらついた歩き方をする。背中の脈動もいつもより大きいような気がした。

足に異常があるのかと思い仰向けに寝かせてみたところ、後ろ足が一瞬ピクピクと痙攣した。それを見てハリネズミ特有のふらつき症候群(WHS)が頭をよぎった。ふらつき症候群(WHS)であった場合、闘病は長期戦となり、定期的に通院することになる。片道二時間以上かかる遠方の病院では移動時の負担が大きい。明日まで様子を見て近く(といっても片道一時間)の病院に行く方が負担は少ない。どうしたものかと再び膝にのせたところ、また何事もなかったかのようにもそもそと歩いてベットメイキングをはじめる。

今度はハリハウスに移動させて様子をみたところ、ヨタヨタとはしているが後脚を動かし自分で歩いていた。

どうしたものか。決めきれず、出かける準備をしつつ午前中いっぱい様子を見ることにした。ハリハウスを覗き込むと「なあに?」という感じで鼻先をもちあげる。ご飯は食べないが先ほどのような痙攣は起こらない。私がしょっ中覗き込むせいか、あまり寝ようとしないマロン。落ち着いて眠れるようにとケージに戻したところ、ポテポテと歩いて給水機へ向かい、いつものように勢いよく水を飲み始めた。水を飲み終わるとその場でおしっこをした。「ああ!よかった。」と安心した。ハリネズミは2-3日であれば食事をしなくても平気な動物だ。水が飲めて、おしっこがでるのであれば1日このまま様子を見ても大丈夫だろうと思い、病院は7日に行くことに決めた。

お漏らししてしまったシーツを片付けていると、今度はマロンがフードをカリカリと食べ始めた。少量ではあったが自分から食べる姿を見てさらにホッとした。食欲はある。やはり歯茎に痛みがあるので食べようとしないのだろう。ならば歯茎に負担のかかりにくい形状のものであれば食べてくれるのかもしれないと思い、ペットショップへ走った。昔マロンが食べていたドライチーズや栄養価が高い子猫用の流動食、ダメ元でミルワームなどを買う。いざとなったら強制給餌ができるよう、シリンジも購入した。

帰宅するとマロンはトイレの上にいた。トイレのヘリに顎をのせて寝っ転がっている。いつもは跳び箱ハウスの中で寝ているのに、トイレの上で野良寝している。おしっこやうんちをした形跡はない。不自然な野良寝だ。心配になり抱き上げて外に出すと、私の膝の上をもそもそと歩き回ってベッドメイキングを始める。ヨタヨタしているが動き回る元気はある。単に食べていないから力が出ないだけなのだろうかと思った。

マロンを膝にのせた状態で「いろいろ買ってきてみたんだけどどうかなー」と言って、まずチーズを口元に持っていく。匂いを嗅ぐが拒否。元気な時に全く食べようとしなかったミルワームは当然のことながら断固拒否。「やっぱりだめかー」と見ていると、えずくように口をくちゃくちゃ開け閉めし始めた。昨日ブリスキーを吐いた時と同じだ。明日病院でこの症状を見てもらおうと思い、動画を10秒ほど撮影する。結果的にこれが最後のマロン動画となってしまった。

口元から血の滲んだ唾液が出ているのに気がつき、ガーゼでそれを拭った。右側の歯茎から少し出血しているのがわかった。昨日の血の混じった唾液もこの炎症部分からの出血によるものだとわかった。もしかしたら血の味がして口の中が気持ちが悪いからフードを食べないのかもしれない。そう思って湿らせたガーゼで血が出ている歯茎をそっと拭いたところ、私の指ごとガーゼにガブっと噛み付いた。噛む力は十分に残っているのがわかり安心した。

口を拭った後、今度は子猫用流動食をスプーンに出し、口元に差し出す。少しでも舐めてくれればと思い、腫れていない方の口元にフードをつけてみた。やっぱり舐めてくれない。やはり偏食王子は一筋縄ではいかない。給餌を諦め「本当に頑固な子だねえ」と、口元につけたフードをガーゼで拭き取った時、違和感を感じて背筋が寒くなった。なぜだか「もういない」ことがわかったのだ。

さっきまで脈打っていた針山が動いていない。おそるおそる「マロン?」と膝から抱き上げる。いつものきょとん顔で手足をおっ広げたマロンだが、ピクピクと常に動いていた鼻先が動いていない。目も動いていない。お腹や背中に顔を当ててみた。何も聞こえないし、何も感じない。頭では逝ってしまったことを理解したが、気持ちがついてこなかった。

ハリネズミは臆病な動物なので、マロンにはいつも穏やかな小さな声で話しかけるようにしていた。それなのにその時の私は、自分でもびっくりするくらいの大きな声で「やだやだやだやだ!逝かないで!マロン!」と文字通り泣き叫んでいた。暴走する感情と「落ち着いて!心臓マッサージを試そう」という冷静な思考とが完全に分離していて、まるで自分ではないみたいだった。娘や夫がいない時で本当によかったと思う。あんな取り乱した姿、家族であっても見せたくない。

まだ温かくて柔らかいマロンを膝に抱きながらひたすら泣いた。一方でそれを俯瞰して見ている自分もいた。

長距離でも今日病院に連れて行けばよかったのだろうか。でも慣れない移動で通院中に亡くなっていたかもしれない。

歯肉炎が原因で食欲がないのではなく、内臓疾患があったのではないか。マロンの体が発していた病気のサインを私は見落としていたのではないか。

被捕食動物のハリネズミは本能的に体調の悪さを隠す。最後に水を飲んだりフードを食べたりしたのは野生本能に基づくフェイントだったのではないか。

3歳になった時点で一度健康診断を受けた方がよかったのかもしれない。でも、元気なのに麻酔をかけて診断を受けることはストレスになるし、マロンはそんなことを望んではいないだろう。長生きを願うのは私のエゴではないのか。そう思ってやめたのではなかったか。

あの時、えずいていたのは呼吸が苦しかったからではないのか。だとしたら無理にフードを食べさせようとせず、マロンのペースに任せておけばよかったのでは。さっきの給餌がストレスになり、死を早めたのではないか。

食べたくないなら好きに膝の上を歩かせて、好きな体勢で寝かせてあげればよかった。楽な体勢で休ませていれば体力回復したかもしれない。

最後に口につけたのが大好きなヘッジホッグダイエットじゃなくてごめんなさい。

後悔やら言い訳やら謝罪やら、様々な思考が頭の中でぐるぐると巡っていた。

虹の橋へ

1月6日午後3時過ぎ、マロン君が虹の橋を渡ってしまいました。年明け最初の記事に「ご飯を食べずに寝てばかり」と書いた翌日でした。3歳と7ヶ月。私の膝の上、お気に入りの毛玉だらけのフリースの上で眠りにつきました。あまりにも突然で、あっけなく、全く気持ちの整理がついていません。

マロンをお迎えした時に、必ず別れの日は来るという覚悟はしていましたが、マロンとの別れは思っていた以上に辛いものでした。それはマロンが子供の頃から大好きだったハリネズミという動物であり、私がメインで世話をした初めてのペットであったからなのだと思います。

マロンの事を思い出すと胸の奥がキューッと締め付けられ、涙が止まらなくなるのでマロンの事を考えないようにしている自分がいます。でも、ペットを飼うという事はお迎えからお別れまでを受け入れるという事だと思うので、マロンの飼育記録を綴るブログとして開設したこのブログも、きちんとお別れまで書いて締めたいと思います。

増えてきたとはいえ、まだまだ飼育事例の少ないハリネズミ。情報共有のためにもハリネズミが亡くなるまでの経緯ハリネズミの供養方法についての記事だけは必ず書くつもりです。それらの記事を最後に、こちらのブログを終えようと思います。

いつもブログを読んでくださっていたみなさん、本当にどうもありがとうございました。

謹賀新年2020

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

年が明けてから急にマロンの元気がなくなった。ほんの数日前までは鏡餅と一緒にお正月写真を撮影したりしていたのに…。

歩き方が緩慢になり、とにかくよく寝る。今日はごはんも食べず一日中寝ている。

前にもごはんを食べない事があり心配したが、その時は巨大台風の気圧変化のせいだった。今日は原因がわからない。試しに大好きなフードのみをふやかして与えてみたら少しだけ食べてくれた。

明日には食欲回復してくれると良いのだが…。